モラルなんて、まったくいらない

そういう不安を抱えている人は、すごく良くある話になってしまうんですが、自分にとって何が大切かをまず見極めたほうがいいと思います。たとえば安定した生活がしたいとか、お金があった方が良いとか、絶対誰かからの刷り込みなんです。本当にすごく嬉しいことや好きなことって、湧き上がってくる気持ちに理屈なんてないじゃないですか。良いセックスが理屈じゃないのと同じように、自分にとって良いことも理屈じゃない。

セックスに関して言えば、たとえば、ひとりの相手とずっとやらなくちゃいけないなんてモラルはまったくいらない。ひとりの旦那とずっとやってても不幸せな人も居るだろうし、変態でもハッピーな人も居る。それも自分次第なので、避妊と病気にはお気をつけて、いろいろ試してみるのも良いと思いますよ。

ホントにすごい変態っていう人は突き抜けてるんですよ。もう「登山家」みたいな感じ。「一緒にあの山登ろうぜ」「セックスと言う山!」という感じで。それは、周りの人を幸せにしているし、清々しい(笑)。
初めて見たSMショーがとても有名な縄師の人で、私、泣けちゃって。その縄師の人に縛られている「M女」の女の子が、下手したら死ぬような状況で自分を預けきって、全部解放している様子がよく解るの。すごいフリーダムだよね。それで最後にその縄師の人が必ずM女の頭をクシャクシャって「良くやったね」ってやるの。もう、うらやましかったですよ、その子が。子供の頃って、きっとこういう気持ちだったなって。変態の友達が言っていたんだけど、良いプレイができているときはやっぱり泣けるんだって。
だから興味がある人は、自分を制さずに一度超変態になってみれば良いと思います。フェティッシュイベントはいろいろあり、女の子は大事にされるんですよ、絶対に。会場にはそういう人が何千人もいたりするからモラルや常識に縛られて「自分はこうだ!」と思っていたのが、バカだなって思って楽になれると思います。

ゲームはゲーム!「したい」に従う

私もハデな恰好してフェティッシュイベントに通っていた時期があったんですが、そういうのは騎馬戦みたいなものなんですよ。出かける前に毎回「出陣!」って思ってましたね(笑)。騎馬戦のときに「勝っても負けてもいいわ」じゃダメじゃないですか。ゲームに参加するなら勝ちにいくことが礼儀なんですよ。だから「出陣」なんです。 “騎馬戦”に出る時は「この会場の男全員、虜にしてみせる」みたいな気持ちは必要(笑)。騎馬戦でもボーリングでも、やるからには真剣じゃないと楽しくないと思うので。でも、それはあくまで「ゲーム」なんですよね。
“騎馬戦”で露出度高くして、派手に遊んでいればそういう女の子は居たら楽しいからちやほやしてくれるように、「モテ」や「愛され」を狙って不特定多数に好感を抱かれる恰好や振る舞いをすれば、いろんな人にちやほやされる。けれど、それは絶対にその場だけのものなんですよね。遊びとして楽しむのはいいけど、そこで「認められなきゃ」とは思わないでほしいです。「したい」って気持ちはすごくきれいな感情だけど、「しなきゃ」になるととたんに苦しくなる。「私が彼を愛してる」を「彼が私のことを愛してくれなきゃ」にすり替えちゃうのは間違い、だと私は思います。ごっちゃになっちゃう気持ちも、分らなくはないんですけどね。

「あれがあったらいいのかも」「これがあったら万事オッケー」と他人の考えに流されてしまうってことは、「不味いものを食べさせられている」ってことだと思います。不味いからいくら食べても満ちたりないし、食べれば食べるほどイライラするし飢える。周りの人が食べているものが良く見えて「なんで自分だけ?」と思っちゃう。でも、自分がおいしいものをいつもたくさん食べていたら、人が食べているものを羨ましくなったりはしないじゃないですか。むしろ、自分が今おいしいと思っているものを食べさせたくなると思う。「欲しい」じゃなく、「あげる」って。だから、自分にとって本当に「美味しいもの」を見つけて欲しいですね。そういうものって、与えられるものじゃなくて、実は自分の中にあるんですよ。

三谷晶子
三谷晶子
小説家
東京都出身。俳人・三谷昭を祖父に持つ。2008年に小学館より発売の『ろくでなし6TEEN』で小説家デビュー。都内定時制高校を舞台に女同士の恋愛とも友情ともとれる微妙な関係をリアルかつ繊細に描き好評を博す。2009年はキャバクラを舞台にした新作長編、母と子の関係を描く小説などを発売予定。ブログ『三谷晶子の日々軽率。』
http://ameblo.jp/akikomitani/