「オーガズム=小さな死」に永遠を見る

モラルなんてまったくいらない。
やるからには真剣じゃないと楽しくない

どんなに最高でも必ず終わる

セックスを「ひとつになる」って言うのは、ひとつじゃないから言うんだなと思ったんです。今回、complex gala.からインタビューのお話をいただいたときに凄く考えたことがあって、こっち(女)には胸があっても、向こう(男)の胸はえぐれてないじゃないですか。でこぼこがぴったりくっつき合うことはないと言うか。良いセックスってある意味すごくもどかしいものだと思ったんですよ。解け合っているつもりでも解け合えない。お互いのいびつさを知ることなんじゃないかなって。全く完璧じゃないし、完全じゃない。
でも「それでも」っていう気持ちの発露なんじゃないかなって。

さらにその時がどんなに最高でも、いつかは必ず終わる。だから良いセックスってある意味悲しいものだと思うんですよ。いつか終わるってことも含んでの関係だと思うから。
たとえば、ずっと連れ添った夫婦でも、どっちかが必ず死ぬ。二人同時に死ぬことなんてなく、いつか必ず別れが訪れる。結婚式で「死が二人を分かつまで」って誓うけど「じゃあ、死が二人を分かつんじゃん!」って。
オーガズムってフランスでは「小さな死(La Petite Mort)」って呼ばれているそうなんですが、私は凄く人を好きになると「どうしよう、この人が死んじゃったら」って凄く心配になってしまうんですね。でも死んで別れてしまうなんて仕方ないじゃないですか。自分だっていつか死ぬし。
だからって、普通に生活している時に死を意識してしまっていては、「何で今、ここで出会えたんだろう」とか「一緒に過ごせるんだろう」とか、一瞬一瞬が煌めいちゃって、どうしていいのか分らなくなってしまう(笑)。けれど、凄く良いセックスっていうのは、そういうところが全部見えちゃう行為だと思う。

生殖を目的としないセックスなんて、ある意味「無意味」なものじゃないですか。だけど「一瞬」って「永遠」だと思うんですよ。人間は絶対的にひとりだとしてもその「小さな死」で感じる一瞬に永遠が詰まってるんじゃないかな。そういうことが感じられるのが至高のセックスだと思う。

とはいえ、これは理想論だと思うんですよ。
普通の恋人同士がそれを毎回感じるのは難しい。(笑)
私が作品で書きたいのは、人との関係における切なさや、もどかしさなんです。「一瞬で永遠」ということ。それはある意味、セックスじゃなくても得られることだとは思います。
処女作「ろくでなし6TEEN」でいえば、ラストのあのシーンは主人公の女の子二人の中でずっと一瞬で永遠だと思うし。

「愛されたい」は汚いと思う

今の女の子はセックスなんてやろうと思えばいくらでも出来る環境にある。だから飽き飽きしているところもあるんじゃないかなと思います。ヤケになってやっちゃったとか、帰るのめんどくさいからやっちゃったとか、それはそれで全然良いと思うんです。大切なのは本人が納得しているかどうか。

セックスに限らず、納得していないことや本心と違うことをしていると人生がいい方向にいかないと思うんですよ。特にセックスは肌の触れ合いなので、体にダイレクトに影響するじゃないですか。風邪をひいている時に前向きにはなかなかなれない。体と心って違うもののようで実はすごく近いんです。だから、特にセックスでは自分の本心と違うことはしないほうがいいと思いますね。
人を好きになるっていうのは凄く嬉しいきれいな気持ちのはずなのに「モテ」とか「愛され」は私には汚くみえるんです。まず誰に愛されたいのかさっぱり分らないじゃないですか。「誰でもいいからとにかく愛されたい」って悲しいですよね。あと、「モテ」とか「愛され」って自分が人に何をするか、じゃなくて、自分が誰かに何かをして貰うという意味の言葉だと思うんですよ。「●●されたい」じゃなくて、「●●してあげたい」でしょ。そういう必ず自分が得をしようって言う所から出発していることが好きじゃないんですよね。好きな人がいて、その彼がどんな服が好きかしらと思って「愛され系」を着る人はかわいいと思うんです。それは「彼を喜ばせたい」っていう自分の愛情の現れだから。でも、誰かれ構わず「愛されたい」って悲しいですよね。
「彼の愛が欲しい」「彼を虜にしたい」という気持ちも分るんですが、なんで「愛が欲しい」「虜にしたい」と思うのか考えて欲しいと思います。たぶん、その根っこって、自分の不安をどうにかしたい、安心したいってことだと思うんですよね。