ジャイアントだった思春期。
グレずに済んだのは、デカイ国でのお姫様抱っこのおかげかもしれない。

♪柱の傷はおととしの〜 5月5日の背くらべ
そんな歌を聞くと、幼い頃のほろ苦い思い出がよみがえって胸がチクチク痛む。

私の身長は166センチ。
今でこそ、「まあまあ背が高い人」としてごく普通の生活を送っているが、私は小学生のある一時期、正真正銘の「巨人」であった。

小学校6年生の春、私の身長はすでに157センチオーバー。急激に身長が伸び始めたのは小学校5年生になった頃だろうか。なんと、1年で13センチも伸びたのだ。

毎朝起きるたびに、ちょっとずつ視線が高くなっていくのがわかる。ぐんぐんにょきにょき。同級生と比べても、ダントツのスピードと伸び幅!

クラスの集合写真を撮れば引率の教員と間違われ、初恋の相手は自分より10センチ以上も小さかった。周りから浮くことガリバーのごとし。私の骨は周りの同級生たちの成長と足並みを揃える気などさらさらないらしい。

チクショー、一体何があったんだ私の骨。口にしてはいけない「伸び薬」でも盛られたか。さては、呪いか。「このままじゃ“ジャイアントみわこ”になるしかないな」という兄の冴えない冗談に、小学生の私は本気で号泣するばかりだった。

そして、幸いジャイアントにならずに済んだ私は大学生になった。しかしまだ、男の子と歩く時にはヒールを避け、姿勢が悪いと言われようが何だろうがとにかく小さく見られたいというひねくれたコンプレックスは継続中だった。

そんな私に転機が訪れる。そう、憧れの「デカイ国」アメリカへの短期留学である。
初めて降り立ったそこは、サイズストレスフリー天国。ハンバーガーもジーパンもブラジャーもSSからスーパーラージまであらゆるサイズが揃っていた。自分がそこそこ大きいことなんてまるで気にせず、ジーンズも靴も思い通りのサイズをゲットし、町では持っている一番高いヒールの靴で闊歩。ビバ、デカイ国!

さらに調子に乗った私はある日、飲み会の席で酔っ払った勢いで「お姫様抱っこバージン」であることを仲間に告白。背が高い=重い=お姫様抱っこなんて夢のまた夢……な私が、細かいことは忘れてしまったが(ということにして)そのうちの一人に話の流れで持ち上げられるという大事件が発生したのだ。ビバ、デカイ国! ビバノンノン!

あっという間に宙に浮く私の身体。
あれ? あれれ?
私、いま、普通の女の子みたいじゃない? いやむしろ……「華奢」っぽくない?

ああ、「華奢」で「小さい」ことの素晴らしさよ。いやいや、わかっているのだ。そうでもないことくらい。でも、いいじゃないか。私は初めて「大人の女性」になれたような気がして嬉しかったのだ。

そこで私ははっきり悟った。大きさや可愛らしさなんて相対的なものなんだと。そして、背が高いこと、小さくて華奢じゃないことを色々な場面で言い訳にしてきたことも。

コンプレックスは隠れ蓑だ。それを盾にしているとそれ以外のいいところも駄目なところも不思議と目につかない。本当の自分と直面するのは、そんなわかりやすいアイコンを客観視できてから。大人の本番はそこからなのかもしれない。

なんて言ってみたけど、私は身長と同じく中身も中途半端な大人子供。
せめて体重だけはスーパーサイズにならないよう精進しよう。そうしよう。

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まつざき みわこ
まつざき みわこ
(complex gala.編集長)
「ソフト面」の編集を担当するフリーライター。エンタメ系から小難しい系までいける理論派だが、感情が先走るクセがあり、時折フリーズする。必殺技はベリーダンスだが恥ずかしがって披露しないという、これまたアンビバレンスな彼女である。
ブログ:虹色玉虫