自分で稼いでみて初めてわかった親のすごさ。
先輩たちの背中を見て、胸を張れる大人になれ
日曜日の朝、たまたま早く目が覚めて何気なくテレビをつけると、ホラー作家の岩井志麻子がこんなことを言っていた。
「責任と自由は有料なのよ。大切な人を守るため、人が人でいるために、お金は絶対に必要なもの」。
大人と子どもの違いについて考えていた私はこの言葉にハッとした。
私は子どもの頃、大人は完璧な存在だと思っていた。
記憶は定かでないが、小学校に入って初めて親の言動に矛盾を感じるくらいまで、大人はスーパーマンみたいに何でも自由にできるものと信じていたのだ。
しかし、いつしかそうでないことに失望した私は、一番身近な大人である両親の矛盾をつくようになった。そう、反抗期によくあるように、容赦も手加減もなく。
ところが、いざ自分があの頃の親と同じくらいの大人になってみたら、完璧どころかできないことだらけ。当たり前だ。自分の中身や本質的なものは、もの心ついたあの時からほとんど変わっていないのだから。
変わったのは、多少の経験からいくらか知恵がついたこと。
そして、自分で自分の面倒をギリギリ見ることができる「仕事」と「お金」を手に入れたことだけだ。
そう、「仕事」と「お金」。
これを自分の力で継続的に手に入れられることが、子どもと大人の決定的な違いなのだと、私は思っている。
確かに大人は自由だ。誰かの迷惑になりさえしなければ、自分の稼いだお金で何をしようが、子どもの頃のように文句を言われることはない。
この自由こそが、大人の醍醐味。ただし、その裏には必ず責任がくっついている。
「金がないのは首がないのと同じこと」。これは父の口癖。
苦労していないはずの父が言う言葉にしては、なんとなく違和感の残るセリフだなあと思っていたけれど、大人の醍醐味である「自由」を謳歌するのも、大人の「責任」をまっとうするのもお金が必要だとわかっているからこそ言える「大人」のセリフだったことに気がついた。
自分の時間を削り、休みも削り、時に命さえ削って仕事をした父の大変さが、今はよくわかる。今の自分に父と同じように家族を養う力があるだろうか。
同じ仕事を持つ大人として、親のすごさが身に染みるようになった。
30歳を超えてやっと、親と大人の醍醐味を共有できるようになった私。
一度大人になってしまえば、もうやめることはできない。
こうやって一歩ずつ、大人の階段を登っては、一段上の景色を眺めて大人を満喫してやるのだ。死ぬまで、ずっと。


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- まつざき みわこ
- (complex gala.編集長)
- 「ソフト面」の編集を担当するフリーライター。エンタメ系から小難しい系までいける理論派だが、感情が先走るクセがあり、時折フリーズする。必殺技はベリーダンスだが恥ずかしがって披露しないという、これまたアンビバレンスな彼女である。
- ・ブログ:虹色玉虫





